2012/04

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
<< >>

スポンサーサイト

  • -
  • スポンサードリンク
  • -
  • -
  • -
この広告は60日以上更新がないブログに表示されております。
新しい記事を書くことで広告を消すことができます。

司馬top


昨日に引き続き、武蔵野美術大学に通う、司馬さんにインタビューをしてきました!



ーー司馬さんは高校時代から九州の美術系の学校に通われていましたそうですが。

中学生の頃から進みたい道が決まっていたということでしょうか?また、そのキッカケは何でしたか?

中学生のころ塾に通っていたんですが、勉強しかないのはつまんないなーと思っていました。
そんな時にいきなり、たくさんのファッションや音楽との出会いがありました。
勉強とはまた違う、自分の力次第で自分の色が出せるものがあるんだなぁと感じて、衝撃的でした。

そこから、実は理由の8割くらいはなんとなくだけど、美術系に進学しようと思ったんです。



ーー実際に美術系の高校に入学してみていかがでしたか?

高校に入るまでは図工の時に褒められたりして、美術に関しては自分が上にいれてました。
でも、美術系の高校に行くとまわりも同じ様な人たちばかりです。
美術で褒められないということが初めてで最初はちょっとショックでした。



ーー美術系の高校って、どんなことを勉強するんですか?

油絵、平面構成、彫刻、自分の作品をプレゼンする方法やポートフォリオの作り方。
現代アートや美術史等、だいたい全てのことを1・2年生の頃に勉強しました。
そして、2年生の後半からは自分のやりたいことをやります。
3年生の最後には卒業制作もあります。
何をやるかは本当に自分次第。私が制作したのはインスタレーションアートでした。
その頃は、油絵・彫刻等などの「技術」も面白いけど、美術と芸術を一個の「文化」として見るようになりました。


ーー大学はどのように選びましたか?

高校受験の時は、「絵を描くことや美術」に興味を持っていたんです。
でも高校卒業の時は、「文化を発信すること」に興味を持っていました。
今思えば違いますが、当時私は“美大=絵を描くとこ”だと思っていたので、最初は美大に進学することは考えていませんでした。
青学の中に私が興味のある学部があり、もともとイギリスにいたこともあって英語にも興味があったので、いいなと思っていました。

そうしたら高校の先生に「ムサビにもそういう学科(芸術文化学科)があるよ」と言われて、今にいたります。



ーー実際に美大に入ってみてどうですか? 

もっと専門的なことを学びたいなと思うときもありますが、
自分のやりたいことと関係なくてもそこからまた色々なことが広がっていくんだなと思うようになりました。



ーー今はどんなことをしているんですか?

大学に通いながら、中学生の頃からずっと好きだったブランドのアパレル店員をしています。
そこの店員になる前に、熊本に住んでいた頃お世話になった店員さんに、
「(アパレルで働くのは)本当に好きじゃなきゃ無理だよ」と言われました。
確かに楽じゃないし、割にもあってないし、きついなあと思うこともありけど、美術と一緒で自分次第でどうにでもなるなと思います。
凄い成長できる場所だと思います。



ーー中学生の頃から憧れていたお店で働けると分かった時どんな気持ちでした?

最初は嬉しくて嬉しくてしょうがなかったです。
でもだんだん自分が追いついていないことに対して悩み始めて。
悔しくて悔しくて、という時期もありました。
今は、見た目や話し方などもだいぶ変わって、やっと販売員のスタートに立てたかなと思います。

ここでの経験は、大学の授業や自分のやりたいこととも繋がる部分があるんです。
今、「お店を改革しよう」ということをやっていて、売り上げをあげるためにはどうすればいいのか、
店員さんがもっとどういう雰囲気になればいいのか、など考えています。
またここでは、お客さんに「商品を買ってもらう」という段階まですすませなくてはいけないので、プレゼン能力はついたなあと思います。



ーー大学を卒業したあとはアパレルへ進もうと考えているのですか?

アパレルの販売員というより、アパレルの広報など上の方には興味あります。
けれど、アパレルと決めている訳ではないです。
でも常に新しいことを知り続けていきたい、発信していきたい。
雑誌の編集とかプランナーとかにも興味があります。



ーー最後に、今、本気で頑張っていることを教えてください。

常に変わろうとしています。販売としての喋り方や、コミュニケーション能力だけは誰にも負けたくない。
髪型とかメイクとか常に笑顔でいるとか、小声でぼそぼそ喋らないなど。
人から見られることを意識して努力しています。



-司馬さん、ありがとうございました!


権top


こんばんは(^ω^)
長らくお待たせしましたが、まもなく横浜アリーナの舞台に採用されるバックボードが決定する予定です!




ーーまず最初に、高校までは韓国で過ごしていたクォンさんが、
なぜ大学進学をきっかけに日本の美大で学ぼうと思ったのか、その経緯を教えていただきたいと思います。
クォンさんが一番最初に美術に触れたのはいつですか?

 韓国では小学生の頃から、美術大学に入るための美術系予備校に通っていました。
でも絵を描くこと自体が好きというわけではなかったんです。
なので高校は普通科の進学校に入り、当時は大学の進学先も文系の学部を考えていましたね。



ーーいつから美大に進学しようという気持ちに変わったんですか?

  高校1年生の時、美術の先生の提案で福祉施設でのアートプロジェクトに参加する機会があったんです。
そこで初めて、美術の世界って絵を描くこと以外にもあるんだということを知りました。
その時これなら、今までやっていたこと(美術の勉強)も無駄にならないかもしれない、と思い、
大学で文系の科目を学ぶよりも美大に行く方がいいのでは、と考えたことが美大進学へのきっかけです。



ーーもともと福祉には興味があったんですか?

 特別興味があったわけではないです。
しかし、先生の提案でそのアートプロジェクトに関わってみた時に、
障害を持っている人たちは美術とか絵に触れる機会が全くないことに初めて気づきました。
その時、「こういう人たちに何かやってあげたい、こういう人たちのためになりたい」
という気持ちが強く沸き上がってきたんです。



ーー当時の目標、将来の夢はなんだったんですか?

そのアートプロジェクトがきっかけで、障害を持っている人たちのためにNPO団体を作りたいと思っていました。
ムサビに入ろうと思ったのも、その気持ちが強かったですね。
「ムサビでは、私が今考えているようなことをすることはできますか?」ということを、
ムサビの今の学科の教授に韓国からメールして確認をしました。
すると、私が今いる学科は幅広いので、自分次第で何でもできますよ、と言われました。
でも当時私は映像学科への受験も考えていたんです。
このようにプロジェクトを組んで参加することも大切ですが、その前に一般人の視点を変えたいと思い、韓国にいた時からドキュメンタリーをずっと撮っていたんです。
「障害者」の視点から、ということを伝えたくて、「障害者」の人たちが「私の話」を撮るというドキュメンタリーを撮っていました。
しかし、ムサビに入ってからは自分が今知っていることだけが全てではないんだな
と分かり、他にも必要なものは世の中にたくさんあることに気づけました。
これは大学に入って本当によかったことです。
また制作に関しては法律的な問題もたくさんあるし、視点を変えることは大事だけど、
それよりもまずは行動しないと何もやってあげられないということも知ることができましたね。



ーークォンさんはなぜ大学進学する時に「日本」を選んだんですか?

 日本に行くことは高校2年生の頃から考えていました。
韓国は日本に比べて民主化運動や戦争等で20年30年近く遅れているけれど、
日本と韓国は法律や政策的にもやはり色々似ているところが多いです。
ヨーロッパやアメリカに行く道もあったけど、行くなら近くて似ているところも多い日本がいいなと思いました。



ーームサビ生になってからどんな活動をしていたんですか?

1年生の時は色々な経験をつんだ方がいいかなと思っていたので留学生向けフリーペーパー制作のサークルにも入っていました。
他には映画のスタッフやドキュメンタリーを撮ったりしていました。
その結果、私にはまだまだ勉強しなきゃいけないことがたくさんあるなと実感しました。
ここで満足してはだめ、と思いましたね。
日本語も、韓国にいる時に勉強して来たんですけど、
最初日本に来てすぐの頃は自分の日本語が通じないことにびっくりしました(笑)
なので、そこから一年間また日本語を勉強しました。



ーー今やっていることを教えてください。

 去年まではドキュメンタリーを撮ったりしていたのですが、今年からは方向を変えていろいろなボランティアに参加することにしています。
最初は障害を持った4歳5歳くらいの子供に対して、美術の家庭教師みたいなことをしていたんです。
でも私は「もっとこの子たちにもっといいことしてあげたい」と思ったんです。
なので、家庭教師のお金はいらないから、ボランティアをやります!
と言って、友達とプロジェクトを組んで4人くらい集めて一緒に美術館に行ったり、高尾山に行って落ち葉で工作をしたりしています。
しかし、一緒に美術館に行っても上手く説明をすることができなかったり、
子供たちにとっては展示が上にありすぎて見えなかったり、苦労することが多々あります。
そういう時に美術館って障害者のためにもっと工夫してあげなきゃいけないなと思いますね。
私たちの試みに対して、子供たちはも最初は「なんであたしこんなとこ来ないといけないの?」という感じでした。
でも3ヶ月くらいたった今、みんな楽しそうに見えますね。興味を持ってくれるようになりました。
この絵どう?と聞いたらちゃんと反応してくれるようにもなって、凄くやりがいを感じています。
ボランティアは卒業するまでずっと続けていきたいですね。



ーー今の時点での将来の夢と今後やってみたいことを教えてください。

 大学に入ってから去年までは、アートNPOの団体を組んでそこで活動したいという気持ちが強かったです。
というのも私は、多くの人に「障害を持っている人にもできることがたくさんありますよ」ということが伝えたいんです。
ドキュメンタリーを撮る事もその一つですね。
その手段として美術があるし、アートがあると考えています。
しかし、今ではそれだけが全てじゃないということにムサビでの生活を経て気づきました。
もっと広いところで、世界に行って、働きたい。なので、UNや国際連合を視野に入れています。



ーーそんな夢を持ったクォンさんがこれだけは負けない。と思うことを教えてください。

やりたいという気持ち、自分を信じる、ということです。



ーー最後に、12月に合同の展示「怪展」はクォンさんが企画しているんですよね?名前からして個性的で面白そうなのですが、どのようなものですか?

怪展と言うと、非現実的なイメージをしがちですが、実際は自分が普段日常生活の中で感じているものをモチーフにしています。
自分が思う日本の怪しさを絵や彫刻や映像等で表現しようという企画です!



ーーありがとうございました。これからの活躍を期待しています。





権・明殷(クォン・ミョンウン)
:経歴: 
1990年6月11日大韓民国出身
2009年2月ソウル・ヘウォン女子高等学校卒業
2009年3月渡日後、現在武蔵野美術大学芸術文化学科に在籍中
:受賞経歴:
2009年8月 東武鉄道日光線80周年記念ロゴマーク 採用賞
2009年10月 学生ドキュメンタリー映画際(韓国)  『ママと息子の7日間 』優秀賞

:個人展:
2009年11月 ドキュメンタリー映画『ママと息子の7日間』、『名前』上映会

:その他:
2010年〜 アートプロジェクト『We are the one』企画、運営中

権作品
(画像左:ドキュメンタリー映画『ママと息子の7日間』/画像右:東武鉄道日光線80周年記念ロゴマーク)




荒井陽子title


陽が落ちるのが早くなり、秋の様子が見えだした今日このごろ、皆様いかがお過ごしでしょうか。
なんとdesign challengeの応募締め切りがあと1週間と迫って参りました!


さてさて、今回は学生さんへインタビューしてきましたよ!
この方、デチャレマニアの方は見た事があるかもしれませんね…!!



 
ーー荒井さんは美大に在籍しながら音楽活動をされているんですよね?
 はい。私はもともと詩を書くのが好きでした。
詩を書く、ということが歌詞に結びついてずっと書きためていて。
私自身、音楽・歌詞に凄く救われたという経験があるからこそ、自分が書いたものを誰かに届けたいという想いがありました。
 それで、最初は「バンド」という形ではなく、ただ「歌う」ということだったのですが、高校時代の友達からの影響で、
バンドをやっていきたいなと思うようになり、今SHIILAというバンド名で活動しています。


ーーどんな影響を受けたのですか?
 中学高校時代、私立の女子校に通っていたんですが、周りに音楽やりたいなんて人はいませんでした。
高校2年の頃、ボランティア活動や文化祭ネットワーク、生徒協議会という校外活動を始めたのですが、この活動を始めてから色々な人と知り合うようになりました。
音楽をやっている人も多く、ライブハウスに行くことも増えて、尊敬できる人たち、こういう風になりたいな、と思う人たちに出会うようになりました。
昔から音楽をやりたいとは思っていたけれど、バンドを組んでいた友達がとても楽しそうで、この頃から私もバンドをやりたいなと思うようになりました。
 

ーーそれで高校を卒業したあとに音楽の専門学校に進まれたんですよね?
 はい。専門に行って一番大きかったことは、自分と同じ様な夢を持っている人たちがたくさんいるという環境に身をおいている、ということでした。
バンドをやりたいと思っている同世代の女の子を見て、こうなりたいとか、こうはなっちゃだめだ、とか自分の目指しているものが明確になりました。
あと、今組んでいるバンドの人たちにも出会えたしね。
 

--でもそこからなぜ、美大に進学しようと考えたんですか?
 専門2年の夏、卒業後どうしようかずっと考えていたんです。
その時、高校時代からの信頼している友達に、「陽子ちゃん美大にくれば?」と言われて。
あ、いいかも、と思って受けました。最初は漠然とっていうかんじで。
 

--専門の頃とは、やっていることがだいぶ違うと思うけど、美大に入ってからはどうでしたか?
 美大では直接的に音楽の勉強をしているわけではないけれど、イラストやグラフィックの授業だったりが音楽をやっていくうえで役立ったりしているんです。
アーティスト写真だったりCDだったりロゴだったり、音楽にもデザイン要素は入ってくるなあって思います。
 他にも、例えば絵を描く授業のときには、作品を完成させてみたら「自分こういうもの描けたんだ!」とか、普段一人じゃ見出せない可能性を発見できたりして、楽しいです。
 

--美大入ってよかったな、と思うことはありますか?
 自分の視野が広がっていってるなあ、と実感します。
美大って、何かを表現したい、と思っている人が集まっていると思います。自分も音楽という意味で同じ。
色々な分野で頑張っている人たちがたくさんいるから、とても刺激を受けています。
音楽ってイベントだったり映画だったりフェスだったり、色々なものと繋がっていると思います。
今ここで知り合った人たちと、将来ちゃんとした「仕事」みたいな形で繋がれたら凄い楽しいだろうなあ、と思います。
友達という枠を超えて、同じ表現者として繋がれたらなあ と。
 あとは単純に大学が楽しいです。芝生にいきなし変なオブジェができたり、変な格好している人がいたり。
そういうのを見ているだけでも、自分に似合うものを分かっていなきゃなあ、という気持ちになります。
 

--大学に入る前に想像していた美大生活と比べるとどうですか?
 ハチクロは、嘘(笑)。
私は早稲田のサークルにも所属しているのでよく早稲田もいきますが、一般大学と美大は雰囲気が全然違います!
変な話、「音楽をやる」と決めている私の場合、一般大学に行っていたら「ただ猶予が欲しいだけの大学生」ということになっていたけど、美大は色々な表現がちらばっているから、学校にいるだけで刺激されます。
いろいろなことやっている人たちを見て、何かを作ろうとしている人たちを見て、自分ももっと頑張ろうという気持ちになります。
同年代でこんな頑張っている人たちがいるんだなあって。
 

--この先どんな人になりたいですか?憧れとかありますか?
 軸は音楽ですが、人間的に感情をきちんと表現できる人でいたいです。ちゃんと笑ったりちゃんと泣いたり。
いろいろなものに興味を持っていたいですね。
あとは大人になっても、何かを諦める人にはなりたくない。
 
 音楽に関しては、ずっとわくわくしていたいからバンドやっていたいんだと思います。
幾度と自信を失ったけどやめていないから、これからもやめないんだろうなあ。






荒井さんが活動中のバンド、SHIILAのご紹介です

荒井陽子_アー写

音楽はいつも眩しい

よかったらSHIILA聴いてみてください。
誰かの生活に少しでも鳴ったら、とても嬉しいです。


SHIILA
(vocal&guitars)Yoko Arai


Design Challenge 2010



スタッフが学生やプロの世界で活躍するクリエイターにインタビュー!
制作にかける思いや、夢を語っていただきます。


Professional


「あの映像、あの広告を作った人ってどんな人?」
普段なかなか見ることの出来ないクリエイターさんのお話を伺っていきます。



  • 『家でやろう』寄藤文平さん

  • ?


Student


「あなたの夢は何ですか?」
走り続ける学生クリエイターたちの、今の思い、そして将来の夢を語ってもらいます。



  • 鈴木廉さん

  • ?




毎週更新




クリアー




文原さんtitle



今回のクリエーターは、誰もが一度は目にしたことのある独特の作風で今大人気の
アニメーション監督、スタジオクロコダイルの文原聡さんです。

文原さんは現在までアニメThe world of GOLDEN EGGS、ミッキーや北斗の拳などのリデザインを手掛けて来ました。
そして現在放映中のCM低燃費少女ハイジでは、一度見たら忘れられないキャラクターが人気となり、
関連グッズも数多く発売されています。

そんな文原さんにインタビューをしてきました。



――まず最初に、文原さんがアニメーションを撮るようになるまでの経緯を教えていただけますか。
子供の頃はごく普通の遊びをしていて、特に絵を描いたりすることはなかったです。
アニメもみんなが観るような一般的なものを見ていましたね。
でも図画工作は得意だったので、その頃から「作る」ということには興味を持っていました。

アニメーションとの出会いは大学1年生の時、深夜にやっていたコマ撮りアニメの「ストリートオブクロコダイル」という作品を観たことです。
衝撃的で、すぐに惚れました。
その出会いがきっかけだったので、アニメーション制作にはコマ撮りアニメから入りました。
一番最初に撮った作品は未完成のままなんですけど、自室にセットを作って8mmで1コマ1コマ撮影して現像に出して最後に映写機で映すというスタイルでしたね。
その後3年生からCGの学校に半年間通い、4年生では制作会社でバイトを始めていました。
それまでは、大学の映画制作サークルに所属していて漠然と将来は映画会社に行けたらいいな、と思っていたので早い段階で悩まず「アニメを作ろう」と決断して行動出来たことは今考えても良かったです。


――現在のようにアニメーション作品の企画・脚本・監督全てを一人でこなすようになったきっかけは何ですか?
映画制作サークルでは、すべてはやっていませんでしたよ。
でも、アニメーションを作るようになって逃げ道を作りたくない、現場の責任を持ちたくなったというのはありました。
それは今の自分の肩書きである「アニメーション監督」にも表れていると思います。
正直最初は少し照れましたけど、現場の責任を負うためにはそう名乗ることが不可欠でした。
あと、一人っ子だから全部自分でやるのが当たり前っていう感覚が自然と身についていたのも理由かもしれません(笑)
でも今後機会があれば他の人が書いた脚本でもやってみたいですね。


――お仕事をしていて楽しいと思うのはどんな時ですか。
たくさんありますけど、映像は集団芸術なので多くの人が関わります。
最終的に作品が出来あがった後の喜びをみんなで分かち合えた時はやっぱり嬉しいし、よかったと思いますね。
あとは仕事の指名が来て結果が出せたとき、いい反応が返って来た時はすごくやりがいを感じます。
逆に辛いときはネタが思い浮かばない、締め切りに間に合わない時とかですね。
そういう時は気分転換としてテレビや雑誌よりも他の人の作品を観ることの方が多いです。


――キャラクターの個性的な作風はどうやって生まれたのですか?
序々にって感じですかね。
アニメを作る時はいつも絵コンテではなく最初からCGで作っているので、パソコンで作っているうちにキャラクターが出来るっていう感覚です。
だから頭の中のキャラクターイメージは常に立体で、どちらかというと粘土細工を作るのに似ていると思います。


――アニメーションを作る時に大切にしていることはありますか?
CGで作っているときは、キャラクター自体の「動き」を大事にしていますね。
動きの度合いが堅すぎるとロボットみたいにぎこちなくなるし、逆にリアルにしすぎるとテレビゲームみたいになってしまうので、そのバランスには気を使っています。
脚本を書く時はキャラクターに対しての自分のイメージを大切にしています。
基本的には全てアドリブなんですけど、絶対に言ってほしいセリフに関しては
「このセリフはこのキャラクターは言わないだろう」とか考えながら何度も吟味します。


――影響を受けた作品はありますか?
直接はないんですけど、アメリカの80年代の映画とかは好きですね。
自分の作品も昔から「アメリカっぽいね」と言われることが多いです。
実際アクション映画を見て外人特有の動きやしぐさを参考にしたり、その中の登場人物をモデルにキャラクターを作ることもありますよ。


――これからどんな仕事をしてみたいですか。
普段アニメを観ない人でも観てくれるようなアニメを作りたいです。
子供だけじゃなくて、中高年も観るいろんな世代が楽しんでくれるような作品がいいです。
あと、好きな俳優の一人であるニコラス・ケイジをアニメーション化してみたいです!
アニメの登場人物全員がニコラス・ケイジなんかは結構面白いかもしれないですね(笑)


――学生クリエーターに一言
単位はちゃんと取りましょう!(笑)

学生のみなさんには、今のうちにいろんな作品を見てそれを吸収して欲しいです。
これは私の経験から言っても、大人になるとなかなか出来ないと思いますよ。
それがすぐに作品に影響しなくてもいいです。
それでも作品に対しての憧れをそのまま自分に投影させることは、その時は拙くても
将来的には何か役に立つかもしれません。

なので、学生のうちにいろんな人の作品を見てたくさん真似をしてください。


――お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。




文原 聡
アニメ監督。1975年千葉県生まれ。 中央大学文学部卒業後にCG制作会社へ入
社。
(株)PLUS headsにてアニメ「The world of GOLDEN EGGS」の原案・企画・監督・アニメーションを一人で務める。
2007年より独立し、(株)studiocrocodileを設立。ハイジ、ミッキー、北斗の拳など数々のコラボレーション作品を手掛けている。




袴田俊輔title

こんにちは!
毎日暑い日が続いていますが、皆様いかがお過ごしですか?
なんと今日はAge Stockまで100日となります。
100日後にはどこかの誰かのデザインがメインボードになると思うとわくわくしますね!



さて今回は、学生のWeb Creatorへインタビューしてまいりました!
どうぞご覧下さい(^ω^)




ーー自己紹介をお願いします。
慶応義塾大学総合政策学部3年の袴田俊輔です。


ーー今はどんなことをしているんですか?
現在は、AgeStock2010実行委員会のメディア局長として、主にWebサイトのデザイン、コーディング、運営などを行っています。


ーーWEBに興味を持ったのはいつ頃ですか?キッカケは何でしたか?
高校生のころから、同世代の仲間を巻き込んで、社会に挑戦することが大好きでした。
当時、中高生で構成されるUnitedChildrenという団体の代表を務めていて、高校3年生の夏に高校最後の思い出として高校生が主役となる野外ライブイベントを企画し、実際に行ったことがあったんです。
準備を進めていく過程で最も難しかったのが、イベントのテーマや、そこに込めた想いを同じ世代の仲間や、一般の人々に伝えることでした。
イベント当日には、新聞にも取材されたのですが、実際に次の日の記事を見ると、自分たちが伝えたかったこととズレている部分もあって。
それで、間に何も挟まずに、自分から直接多くの人に情報を届けることが、何かをするときに他者を巻き込むためには必要になってくると強く感じるようになったんです。
そして、それができるのがWebというメディアだと思って、Webの勉強をするようになりました。


ーーWEBサイトを作るときに気を付けていることは何ですか?
見る人にとって使いやすいものであること、出来るだけ細かい部分まで”こだわる”ことです。
実際に1つのWebサイトを制作するのにそれほど時間がないので、いかに早く、クオリティが高いものを作ることが出来るかが大事になってきます。
同時に現在ではGoogleのページランクや、SEO対策といった部分も重要になってくるので、そういったことも日々勉強しつつより多くの人に見られるサイトが作れるよう努力しています。


ーーどうやって勉強していますか?
基本的には、本を読むなどして独学しています。
Webという作品は、インターネットにつながっていれば無数に見ることが出来るので、日々国内外含めてたくさんのサイトを見るようにしています。
気になるデザインや、プログラムがあったら、ソースを見たりしてどのように出来ているのかじっくり見るようにしています。


ーー将来の夢を教えてください。
大学ではスポーツマネジメントについて学んでいるので、スポーツのそばで仕事をしたいと思っています。高校卒業までサッカーをしていたこともあって、サッカーには特別な想いがあります。
昨年の夏には、ドイツに渡って世界で最も観客動員数が多いと言われるブンデスリーガの試合を3試合見て、5,6ヶ所スタジアムを訪問したりと、フィールドワークをしてきたのですが、日本でもサッカーが文化として根付き、日本代表がワールドカップで優勝できる日が来たらいいなと感じています。
そのために自分が少しでもできることを、将来していきたいです。
その中でWebのことも少し絡められたら最高ですね。



袴田俊輔Age-UC

(写真左:Age Stock2010実行委員会公式サイト 右:UnitedChildrenのメンバー集合写真)







大学でWebを中心に勉強されているのかとおもったら、違うのですね。
袴田さんは本当にサッカーがお好きなようです!
ありがとうございました!




なんと次回の記事は…この人…!






  鈴木廉

第2回目となります今回は、武蔵野美術大学 芸術文化学科に在籍し、THE SIX の運営代表を務める、鈴木廉さんにインタビューをしきました!
未来ある学生のクリエイターにも注目です!




ーーなぜ、美大に入ろうと思ったのですか?
ムサビに入る前は、札幌市立高等専門学校という場所で5年間、視覚デザインを学んでいました。
その中で、「自分自身がモノを作る」ということよりも「他の人が作った作品を紹介する」ということに興味があることに気づいたんですね。
自分が素敵な作品を作る人のバックアップをして、そのような人たちをプロデュースする人になりたいと思いました。
だから、キュレーションに興味を持ってムサビの芸術文化学科に入りました。
ただ、この学科に入ってから、キュレーションだけが目指す道ではないということが分かりました。



ーームサビに入学してからはどうのように過ごしていたんですか?
とりあえず色々なことをやってみようと思い、去年一年間はアートの場に触れたり、美術館に関わったり、エデュケーションを学んだりしていました。



ーー今年はどのように過ごしていますか?
今年は何をやろうかと考えていた時に浮かんだのがTHE SIX。
「全国の美大生の総合展覧会」として美大生の作品が東京に集結する、という点に惹かれました。
美大生はまだ学生という位置づけなので、プロの作家・アーティスト・デザイナーとは違うと思うのですが、
みんな素敵なものをたくさん持ち、常に作品と向き合っています。
その自己との対峙が魅力的でかっこいいなあと思っています。
その人たちのバックアップをしたいと考え、今年はSIXに参加することにしました。



ーー先日の武蔵野美術大学のオープンキャンパスにも関わっていたんですよね?
はい。
オープンキャンパスでは、自分の学科のPRデザイン、ポスターを手がけてキャッチコピーを考え、パンフレットやバナーを作ったり、とデザイン全般を担当しました。
グラフィックの道には高専卒業とともに見切りをつけてしまったけれど、それでもこのようなものに参加することで、スキル以外に発見できるものがあります。
モノの考え方だったり、目のつけ方だったり、どういう方法でアプローチするのがいいのかを改めて考えることができました。
自分のスキルをいかせる仕事はなんでもやりたいと考えています。
自分は前にがつがつ出ていくことが苦手なのですが、でも様々な人と出会って仕事することが凄く楽しいです。



ーー憧れているクリエーターはいますか?
装苑に毎号ページを持っている、「青木むすび」さん。
青木さんが作る世界観がとても気に入っています。
ファッションショーやコンサート、遊園地に美術館など、その場所がもっている独特の空間感が好きなんです。
非日常的な感覚に浸れる場所やモノに魅力を感じますね。



ーー将来の夢はありますか?
今年23歳になるのですが、年をとるごとに「夢」がわからなくなるんです。
いろいろなところに行って、いろいろな話を聞いて、自分の知らない世界がまだまだ広いことを実感し、自分が何をやりたいのか、自分がどんな職業につきたいのか、常に悩んでいます。


ただ、芸術分野に関わっている、というのは前提として考えています。
それがファッションなのかもしれないですし、はたまた公務員になっているかもしれないけですが、とにかく芸術文化の業界には関わっていたいです。
自分の強みは、実際にデザインを勉強してきたところだと思っています。
「モノ」を作る人の気持ちも分かる、クリエイターの悩みや想いが分かる、おこがましいけれどそんな人材になりたいと思っています。


そして、いつもでも「笑っていたい」と思います。


今、自分がこの場にいることに後悔はあまり感じていません。
一つ一つ小さなことを見てみれば、あの時こうしていれば良かったなぁとは思うことはあるりますが、幸せな人生を送れていると感じます。
これからも自分の感覚に身を任せて生きていきたいです。




ーーありがとうございました!



 鈴木さん個人の制作を2つほど紹介します。

 
【ごあいさつ展】
 
「はじめまして」 「こんにちは」 「いってらっしゃい」
「ありがとう」 「いただきます」 「おやすみなさい」
「気をつけて」 「おめでとう」 ・ ・ ・
 
無数にある挨拶の言葉。
その一つ一つには、発した人の想いが込められています。
挨拶は、コミュニケーションの基本であり、人との繋がりを作り・広げるきっかけとして欠くことのできないもの。
デザイナー11名が挨拶の言葉に注目し、目には見えない想いを形にしました。
それが『ごあいさつ展』です。
 
 
 
【安曇野まつかわサマースクール2009】
長野県安曇野ちひろ美術館、地元公民館、武蔵野美術大学の三者が協力してつくりあげる、夏期休暇中のワークショップ。
2009年は「農業」をテーマに地元農家の方々の協力のもと、子どもたちと一緒に地元の魅力をモノ作りを通して発見しました。


鈴木廉_制作
(画像左:ごあいさつ展 右:ワークショップの様子)



運営されているTHE SIXについてのご紹介です。是非ご覧下さい。

こんにちはTHE SIXです。

美大生の総合展示会として始まった
THE SIXも今年で4年目を迎えます。

そして2010年、再びTHE SIXは革命を起こします!

ARTって何だろう?
今まで遠いところにいたARTを身近に
感じて欲しい、楽しんで欲しい。

美大生のARTのパワーをあなたにも、
そしてあなたにもTHE SIXが届けます!





header_yorifuji


記念すべき第1回目のインタビューは、『大人たばこ養成講座』や『家でやろう(東京メトロ)』でお馴染み、
グラフィックデザイナーの寄藤文平さんです。


ーーいつ頃から絵を書いていたのですか?
もともと幼少期から、絵を書くことは好きで、というより絵ばっかり書いている子でした。
漫画でも写生でもなんでも書いたんですけど、『ラクガキマスター』(著書)のような
奇妙な絵も昔から書いていましたね。
そしてそれを人に見せて、ギョッとさせるのが楽しかったです。


ーーどのような学生でしたか?
大学時代はダメな学生でしたね、かなり”ぐーたら”でした。
高校は進学校でしたが、やっぱり絵ばかり書いていて母親が美術予備校に入ることを
勧めてくれたことで高校2年生頃から美大を目指すことになりました。


ーー大学生活からその後について教えて下さい
大学では藝祭の実行委員をやっていて、広報部部長と副委員長を兼任していました。
その後は、藝祭でお世話になっていた実行委員長や先輩たちと一緒に暮らし始めました。
その先輩が博報堂に勤めることとなり、彼の仕事のお手伝いをしていたのが私の博報堂でのお仕事のきっかけですね。
そうしているうちに、仕事を沢山頂けるようになってきて、大学を辞めることにしました。


ーーお仕事をしていく上で気をつけていることは何ですか?
完成度ですね。
最低限必要な1つ目の課題です。
完成度を上げるためには勿論それなりに時間はかかりますし紆余曲折を経る事にはなりますね。
直前でダメにしてしまうこともありましたよ。

また、上から目線にならないように気をつけています。
目にする人たちにとって「あなたたちはダメだから、こうしないといけないのですよ」
というものだと、やはりきつい印象になってしまいますよね。

絵を描く時には、線と線が鋭角に交わらないようにし、なるべく直角に近くなるようにします。
鋭角だと、黒くなって汚く見えちゃうでしょ?
それとネガとポジもしっかり意識します。
例えば円と円がちゃんと交わっていないと、どこか嫌な感じに見えてしまうんですよね。
こういうことを意識すると、より丁寧な作品に見えますし、完成度もあがりますよ。


ーー寄藤さんは本も書かれていますが、そのきっかけはなんですか?
広告などを作っていると、どのメディアにも語ることのない話のようなものがあるんですよ。
最初に出した本は『ウンココロ』なんですが、うんこのことなんて広告にできないでしょ?(笑
そうすると本しかないかな、と思って…。
さらに子どもが楽しめるように段階を追って書いたりね。子どもはそういうの好きだから。


ーー普段読書の時間はありますか?
読書の時間は作るようにしています。
小説よりも、メカニズムが分かるような多少専門的な本が好きですね。
何かを考えるときには、その仕組みや過程をすごく気にするようにしています。
最近読んだ本は『単純な脳、複雑な「私」』という池谷裕二さんの脳神経学に関する著書です。
聞いて考えるより、読んで考える方が私は向いているんです。
 
 
ーー私たちが企画しているイベントのテーマは「僕らの夢」なのですが、寄藤さんの今の夢、これからの夢を教えてください!
色々やってみたいことが多くて難しいですね (笑
いつかドキュメンタリーで人物にスポットを当てた映画も撮ってみたいな、とも思いますよ。

これまでを振り返ってみると、1つの仕事をこなしたあとにはいつも課題があるんです。
より良いものを作る事が出来るように毎回検証をして、そういうことの繰り返しが今に繋がっています。
だから、これからの「夢」に関しては、漠然とした方向性はあっても、具体性はないですよ。
思い悩むより、今やっていることの完成度を上げて、納得していくことが大切だと思います。


ーー最後に、学生のクリエイターに何かアドバイス、メッセージをお願いします!
自分が本当にやってみたいことは、やっているうちに色々分かってくると思います。
私は、まず皆さんには“クリエイティブ”とは何なのか、
本当に“クリエイティブ”は必要なのかをよくよく考えてみて欲しいと思います。
してください。

著:寄藤文平著:寄藤文平


寄藤文平
1973年長野県生まれ。
1998年ヨリフジデザイン事務所、2000年有限会社文平銀座設立。
近年は広告アートディレクションとブックデザインを中心に活動。
イラストレーターとして挿画の連載や、著作も行う。
http://www.bunpei.com/